私の犬歴と犬への想い (2)

目次>(1)犬との出会い (2)愛犬との思い出 (3)学歴・仕事歴 (4)犬好きが人生を変える!(5)湘南で<わんこのうち>創業へ
(6)愛犬に捧ぐ-こたろう

■愛犬との思い出

<反抗期支えてくれた、最愛のパートナー>

気弱で、泣き虫、さらに当時は病弱という私を、いつも一緒に居てくれて、支えてくれていたのがクロ(コッカのミックスで真っ黒)でした。
私の家はとても厳しい教育で、今だから言えますが、教育というより親の言うことは絶対という家庭だったのです。
ご多分に漏れず、成長とともに反発心が芽生えてきました。中学時代のある日の事、高校の進路について親が受験の学校を決めていて、申し込んだというのです。その内容たるや、後から考えれば、親が良かれと思いやってくれたことで、感謝こそすれ怒ることではなかったのですが、そこはいわゆる反抗期、それまでの我慢が一気に爆発・・・その場は、生まれて初めての反抗で、親もエキサイトし、凄まじい言い合いになってしまいました。

そしてよせばいいのに「こんな家出てってやる・・・!」と、言ってしまいました。親は私の性格をよくわかっているので、「できるなら、やってごらん!」と言われ、抜いた刀を収めきれないとはこのこと、ビビりながらも声を震わせて「よしわかった・・・!」と行きたいところ、そこが私・・・情けなや・・・黙って部屋に戻って悔し涙でした。それまで興奮していたので気が付かなかったのですが、その間中ずっとわんこ(当時コッカ雑種のクロ)が、一緒に後から着いてきてくれ、悔し涙の私のそばに、体をつけて座ってくれていたのです。そして気持ちが落ち着き、クロに勇気づけられたかのように、今まで出来なかった、私にとっては一大決心の行動に出ました。その日の夜、家の裏からクロと一緒に裏山に出て行ったのです。(今思えば、単なる夜の散歩です・・・。)

そして当時「コンバット」という戦争映画がはやっており、「戦争ごっこ」なる遊びを友達として、裏山に「秘密基地」と呼んでいた、木や枝を集めて作った家があり、そこに隠れることに決めたのです。(家から10分くらいのところなので、家出になりません・・・)
クロは、よく一緒にその「秘密基地」に来ていたので、そのうち気持ちよさそうに寝息を立てていました。私はと言えば、夜の「秘密基地」は初めてなので、実はとても心細くてたまりませんでした。しかしクロの気持ちよさそうな寝息に癒され助けられていたのを覚えています。

そして、かなり時間が経ち、すっかり深夜になったころ(実は、たいした時間が経っていなかったかもしれません)風できしむ木の音、その中にガサガサ何やら足音のような・・・とても怖がりな私は、凄まじい想像力で「たしかこの辺は、鎌倉時代の古戦場?」「鎧の武士がよく見かけられる・・・」「源の頼朝の首を洗った首塚も近いぞ・・・」などなど。想像がやたら膨らみ、すべての聞こえる音が想像に関連づけられるようになっていました。

ビビりのピークです・・・とその時「つんちゃーん~」(恥ずかしながら、当時母親からそう呼ばれていました)遠くから名前を呼ぶ声が・・・思わずクロを起こして、その声のする方向へ一目散でした。そして家族と出会いました、総出で探してくれていたのです。後から聞いた話では、「どうせ遠くになんか行けない」とわかっていたようです。なんとも格好の悪い「初めての家出(もどき)」でした。

そして厳しかった母親が、つかつかと目の前にやってきました。「さあ来るぞ!」と思いっきり叱られると観念しました。ところがなんと出てきた言葉が「あなたなりに頑張ったね!その勇気を忘れないようにね!」と優しい目で言ってくれたのです。
その時正直「え・・・!」という感じでした。そしてさらに言われたのが「クロが一緒で勇気もらえたんだね・・・」まさにその通り!

母親の言葉とクロの見上げる優しい目を見て、もう涙ボロボロ状態でした。そうです、クロが自分の心の中でしっかり支えてくれていたのだと、深く感じ心がとても温かく何とも言えぬ感覚だったことを、今も思い出すと胸が温かくなってきます。
自分の成長と共にいつも一緒に居てくれて、気持ちが落ち込んでいるときは励ましてくれ、楽しいときは一緒に喜んでくれ、精神的に落ち込んでいるときには寄り添ってくれて、私にとって常にとても最愛の頼もしいパートナーでした。

まさに今で言う「セラピードッグ」です。今でも犬の癒しの能力が凄いと確信しているのは、この体験があったからと思います。

<悲しくつらい別れの思い出>

その後、クロとの楽しい生活が続きました。そしてわたくしが大学生になって、実家から離れての寮生活となることになり、クロとの生活が出来なくなりとても寂しい思いをしていました。時々実家に帰っては、クロに会うのが楽しみでした。ところがかわいがっていたクロが突然亡くなってしまったのでした。当時多かったフィラリアです。

いつも実家から寮に戻る時には、とても鳴いてしまうので隠れながら帰るようにしていたぐらい慕ってくれていました。当時運動部に入っており、長期の合宿中でしばらくたってから知り、とてもショックでした。もっと何かしてあげられたのではないか、もっと治療も出来たのではないか、きっと会いたかったろうな、傍にいてあげたかった、などなど・・・、後悔ばかりでした。その悲しみと自分に対する攻めもあり、さらに住宅事情も許されず、しばらくわんことの生活は出来ない状況でした。

そして社会人へと・・・さらにわんこ大好きな、想いは続きます・・・

 

(3)犬歴ならぬ学歴・仕事歴へ