私の犬歴と犬への想い (3)

目次>(1)犬との出会い (2)愛犬との思い出 (3)学歴・仕事歴 (4)犬好きが人生を変える!(5)湘南で<わんこのうち>創業へ
(6)愛犬に捧ぐ-こたろう

■犬歴ならぬ学歴、仕事歴ご紹介・・・

<とても楽しくも、体たらくな学生生活~社会人へ>

その当時、父親が技術系の会社をやっており、「将来は俺が継ぐぞ!」と勝手な思い込みがあったのと、実は文科系(かなり古い表現?)の勉強は皆目出来が悪く、数学や物理が好きだったのもあり大学は、工学部に入りました。
しかし正直授業がとてもつまらなく(大学教授の皆様すみません・・・)とても大好きだった映画の若大将シリーズ(ちなみに全部見ました)にあこがれて部活をやろうと、昔からやってみたかった剣道部に入部しました。体育会系でとても厳しい稽古と先輩後輩の戒律の厳格な部活でした。

今思えば、体力と精神力がこの時期にとても養われたと思います。あまりの厳しい稽古に2回救急車のお世話になりました。その当時「水を飲むのは根性が足りない!」と稽古中水を飲むことを許されませんでした、その2回とも熱中症でした。今思えば危険なことでした。熱がありながら参加した合宿でした。それも夏合宿なのに阿蘇です・・・午前中の昼に近い時間で、猛烈に暑かったのを覚えています。もうフラフラでほとんど意識もうろうとしていて、先輩の「どうした!根性ないぞ!」などの声が次第に遠くなり、遠くにサイレンが聞こえたようだったです。そして意識無くなり気が付くと病院のベットでした。そこで恥ずかしくも恐ろしいことが起きていました。稽古着と袴を脱がしてもらって入院着に着替えているではありませんか・・・みなさんご存知でしょうか?そう剣道の袴の下はふる●●なのです。「わー情けなや!」

そんな厳しい稽古でしたが、部活が楽しく、実験の実習には抜け出して、道場で友達と昼寝して、実験終わりごろに戻り、レポートは友達のを丸写し。今思えば、そんなバンカラな行動にあこがれていた自分だったと思います。
そして部活終わり夜になるとアルバイト(六本木の英国風パブレストラン)もしていました。これがまたとても毎日楽しく、外国の方がとてもお客様に多く、当時では珍しいチップが存在し、実は結構良い収入源になっていました。そしてバイトが終わると、外国の方々とのダーツの真剣勝負(結構な金額を賭けていました)そしてその稼ぎで夜な夜な、当時流行っていたディスコ通い・・・華麗?なステップで踊り狂いそして朝方当時住んでいたアパートのある幡ヶ谷へご帰還。もう楽しくてたまりません、そんな学生生活でした。

しかしそんな体たらくな楽しい生活は、長く続くわけがありません。
そんなことを続けていましたので、案の定、大学の単位が足りず一年の留年です。これは、かなりやばいぞ・・・さあて、両親に何と説明しようか?と思っている矢先の事、重なるときは重なるもので、ちょうど成人式を迎える直前だったでしょうか、父親の会社が膨大な金額の手形詐欺にあってしまい、会社が倒産してしましました。ある意味父親の会社を継ぐ準備のつもりで、のんびり学生生活を満喫?していたので、二重のアクシデントに見舞われた状況でした。

「そんな事って実際ありかよ・・・」と信じられない状況、その上当時住んでいた鎌倉の実家も差し押さえになりました。家にいると勝手に不動産会社の人がお客さんを連れて入って来て、「なかなか良い物件でしょう?」なんて話をしているではありませんか。ドラマなどで見ていたことはありますが、自分がまさか体験するとは・・・。

これから先、授業料と生活費は何としても自分で稼がなくてはいけないと、心に誓いながら両親に留年の旨を伝えました。両親からは、「せっかくだからぜひ卒業できるよう頑張れ!」と励まされました。かなり叱られるかと思いきや、「できる限り支援するので、足りない部分を自分で働いて頑張りなさい」と言われ涙ぼろぼろでした。とても感謝してもしきれないそんな思いでいっぱいでした。それまでのグータラな学生生活をとても反省しました。(しかし今思えば良い思い出です、すみません!)その後部活は諦め、バイトを掛け持ちし、授業以外はバイトに精を出し、それまでのような遊びは一切しませんでした、というより遊んでいる時間がなくなりました。

そして留年の年がなんとか無事終了し、就職活動(当時の就活は、なんと学生服でした)をして、留年した私でもよいと言っていただける会社と巡り合え、測定器の会社に無事入り、会社に勤めるようになりました。当時セールスエンジニアと呼ばれていた、技術がわかる営業として勤務していました。しかし、しばらくすると自分は技術系に向いているのか、親父の会社継ぐとか頼っていたので工学部に入ったのではないか・・・そんな自問自答が繰り返され、単に親父を頼っていた自分がとても恥ずかしく思えてきました。素朴な疑問が生まれました。

自分がほんとうにやりたかったことは?ただ単に楽して親のレールに乗っかろうとしていた自分ではなかったのか、それまで真剣に自分の為の人生を考えていなかったのではないか、次々と甘い考えだった自分を思い知らされました。

これで良いのか私の人生・・・という気持ちが強く続きます

 

(4)犬好きが人生を変えるへ